日経ビジネスに記事が掲載されました。
大枝山をはじめ沓掛の山々が背後に控える京都市西京区桂坂地区―。本能寺の変に際して、明智光秀が駆け抜けた間道、唐櫃越にも近い高級住宅街である。ここに降ってわいたマンション建設計画を巡って、住民と開発業者の問で激しい対立が繰り広げられている。
マンション予定地には幼稚園が建てられるはずだったが、今年に入り、幼稚園の建設計画は頓挫。マンション建設計画が持ち上がった。開発主体は中堅マンションデベロッパーの日本エスコンとさくら不動産。 3414㎡の敷地 に5階建て高さ15mの建物を建てる。この高さが住民の反発を買った。
マンション計画を知った桂坂の住民は「桂坂マンション対策会議」を発足、反対運動を始めた。
成人の住民の80%近くに当たる6000 人の反対署名を集め、京都市に申し入れ書を提出したのは9月28 日。
10月19日には、朝5時にボーリング調査を強行しようとした業者側の動きを察知、約200人の住民が集結し、建設予定地で建設反対を訴えた。現在も、ホームページ上で予定地を監視している。
この街を開発したのは、2001年に特別清算された旧セゾングループの不動産開発会社、西洋環境開発である。 分譲が始まった1985 年以降、住民は 厳しい建築協定を設けることで、街の景観を維持してきた。
住宅の大半は2階建ての戸建て住宅だが、それは建築物の高さは10mまでという決まりがあるため。屋根もフラットではなく、傾斜していなければならない。外壁は道路との境界線から1.5m以上離す。 幹線道路沿いの家々 は外壁の外側に植栽を施す一。宅地を購入する際には、こういった建築協定の締結を購入者に求めてきた。
「法的に問題はないのに・・・」
桂坂のほとんどのエリアは、高い建物が建てられない「第1種低層地域」に 指定されている。だが、問題となっているマンション建設地の用途地域は「近隣商業施設地域」 。容積率の面では、5階建てのマンションを建てても法的な問題はない。「法律的には問題がないはずだが・・・。 今後は行政の指導にのっとって進めていきたい」と、日本エスコンも困惑を隠さない。
もっとも、同じ近隣商業施設地域にあるスーパーマーケット、イズミヤは住民に配慮して、平屋建てに抑えている。近隣の京都大学桂キャンパスも景観に配慮した作りになっている。
統一感のある街並み。石塀に沿うように植えられている草花。地域住民が 一体となって景観の維持に腐心してきた結果だ。そういった活動を無視した開発計画が反対運動につながった。
「近隣商業施設地域は地域住民の利便性を高めるための場所という位置づけ。そこに住居を建てるなら、周りと同じ低層であるべき」と桂坂マンション対策会議の田中守会長は訴える。業者が開発許可申請を京都市に出した段階で、開発差し止めの仮処分など法的措置を求める。マンション建設によって、「景観」という地域の共有の財産を侵害される、と住民は一歩も譲らない。開発業者に押し寄せる「景観」という名の逆風。それは、具体的な規制という形で、全国に広がっている。
「裏原宿」は 20m
東京都渋谷区は11月1日、建築物の高さを一定以下に制限する高さ制限の「素案」を発表した。雑居ビルが並ぶJR渋谷駅周辺には指定はないが、素案には恵比寿周辺は高さ60m 、「裏原宿」と言われる神宮前3~5丁目近辺は高さ20mと、エリアごとに細かく高さ制限が記されている 。
「総合設計制度」。敷地内にオープンスペースを設けるなど、良好な街作りに貢献する大規模プロジェクトに対して、容積率や高さ制限を緩和する制度のことだ。東京の都心部では、総合設計制度によって容積率を増やし、超高層建築を建てるケースが少なくない。
開発業者にとっては使い勝手のよい制度。大規模再開発を促す効果もある。だが、周囲の建物よりも高い物件が建ってしまうことが多く、近隣住民と紛争になる例が最近では後を絶たない。 高層物件に関する地域の不満を耳にしていた渋谷区は、2006年9月から高さ制限の導入を検討してきた。
住居系用途地域は高さ制限を低めに、商業施設や住宅地の複合系用途地域は従来の容積率に応じた高さに、そしてオフィスビルや商業施設が多い商業・業務系用途地域は高さ制限を高めに設定した。だが、不動産開発を目論むデベロッパーからは悲鳴も上がる。
「高さ30mで、切られたら容積率を消化できない」。あるデベロッパーの社長はこう言って、ため息をつく。
この会社は、高さ30mに設定されているJR 原宿駅近くに開発用地を持つ。今回の高さ制限には例外規定も設けられているが、 30m がそのまま採用されると、容積率を最大限に使った開発が不可能になる 。「高さ規制は行き過ぎると、建物の更新を妨げる」と前出の社長は言う。大都市には耐震性が十分ではない建築物が少なくない。ある程度、容積率を緩和しなければ、資金的な問題で建て替えが進まない、と見る向きは多い。
だが、流れは確実に規制強化の方向だ。 2005年6月に全面施行された景観法に基づき、景観計画を策定する自治体は増加の一途をたどる。
景観計画とは、都道府県や政令指定都市、中核市などが策定できる街作りの基本計画のこと。 滋賀県近江八幡市や京都市、東京都など、公示中のものを含めて62の景観計画が策定された。景観計画を出す前段階である景観行政団体には、300を超える地方公共団体が名乗りを上げている。
9月1日に「新景観計画」を拡充した京都市では、中心部の建築物の高さがそれまでの45mから31mに引き下げられた。屋外広告物への規制も強化され、屋上看板や点灯式照明も市内全域で禁止に。住宅の屋根や建築物にもデザインや色彩に基準を設けている。
今年3月に景観計画を策定した東京都でも、特定のエリアにおける屋上広告物の設置や建物の外壁の色彩に対して規制をかけている。北海道や仙台市、東京都世田谷区、奈良県、群馬県太田市など、景観計画の策定を目指す地方自治体は増える一方だ。
「乱開発を防ぐという目的に加えて、地域の個性や魅力をどう引き出していくか、いわば地方の危機感も相次ぐ景観計画の背景にある」。景観論の専門家である東京大学の中井祐・准教授はこう指摘する。独自の条例で景観を守ろうという地方自治体は従来から存在した。今後、景観計画を策定する自治体は増えるだろう。
「良好な景観の恩恵を享受する利益は法律上の保護に値する」。東京都国立市の高層マンションを巡って、近隣住民などが高さ 20mを超す部分の撤去を求めた訴訟の上告審。最高裁は住民が求めた撤去は退けたものの、景観利益を法的保護に値すると認定した。
景観という共有財産に“ただ乗り "してきたデベロッパー。今後、開発への姿勢や責任が問われることは間違いない。大都市圏を中心に、不動産業界は活況を呈しているが、景観という“敵” に足をすくわれるかもしれない。












